ごあいさつ・よもやま話


 6月になりました。
 まだまだ寒暖差が激しく体調管理が難しいこの頃ですがいかがお過ごしでしょうか?

 東京一極集中で人が流出しているのは栃木県も例外ではありません。ただ、なすがままにされているだけでなく、なんとかしようと言う人も沢山います。
 同級生で市役所に努めている友達もそのうちの何人かで、宇都宮市を盛り上げようと、餃子祭りや、自転車やバスケの3×3の世界大会など色々なイベントを企画して行われています。

 先日は市内6カ所でライブイベントが行われました。
 自分はたまたまその中の一つを見る事が出来ました。
 出演していたバンドはその名も『遅咲豊』。もちろんあの伝説のシンガー尾崎豊のコピーバンドです。

 尾崎豊は自分が高校生だったころ、当時のティーンエイジに絶大な人気があり、尚且つ多くの影響を与えたシンガーです。
 彼の作る歌は、傷つきやすく感受性が豊かな若者を強制的に型にはめようとする大人たちへの反発の歌が多く、それはまさに戦いの歌でした。
 自分の世代はベビーブームで生まれた子どもで人数が多く、その分強烈な競争社会でもあり、また教育(指導)も体罰が当たり前の時代だったから、彼の歌う歌は自分たちと重ね合わせて多くの共感を得たのだと思います。
 尾崎豊はドラックにより若くして亡くなりますが、それもまた多くの若者に衝撃を与え、彼が伝説のシンガーになった理由の一つです。もちろん歌が上手くパフォーマンスがかっこよかったのも理由ではありますが。

 今、自分が世間から大人と認識されるようになって彼の歌を聞くとき、もし尾崎豊が生きていたら彼はどんな生き方をしているのだろうと想像する事があります。
 大人全体を攻撃するのではなく、あるピンポイントだけになるのだろうか?若者に迎合しようとするのだろうか?まったく口を閉ざしてしまうのだろうか?とか。

 ある意味彼はピーターパンだったのだと思います。永遠に子ども(若者)でなくてはならなかったのでしょう。
 彼がドラックに溺れたのは快楽からではなく自分が大人になる事が怖かったんじゃなかったのだろうか。
 そんな風に思います。

 時間の流れは止めることのできないものだから、すでに大人になった自分はせめて若い世代の人たちから少しでも尊敬されるように、自分の考え方を彼らに押し付けず、かと言って彼らのご機嫌を伺うようなことはせず、自分の価値観を待ち続けて行きたいと思ってます。(それは流動的なもので構わないとも思っていますが)

 ところで、その『遅咲豊』ですが初め聞いたときは正直下手だなぁと思いました。でも聞いてるうちに(歌っていた曲は全部知っている曲でした)だんだん『あれっ高音のパートは結構上手いじゃん』とか思うようになって、最後は結構楽しんでました。
 ギター、ベース、ドラム、キーボードの編成でしたがボーカルを含めて同世代のおじさんたちが弾いていて、改めて楽器を演奏できるのはうらやましいなって思いました。今から覚える気は全くないのですけどね。

 自分の趣味をもつことはとてもいいことだと思います。仕事をたくさん頑張ったのにやめてからやることがない。そのうえ家族の誰も相手にしてくれない。という先人を何人か見てきてます。それはある意味悲劇だと思います。

 仕事はもちろん好きでやっている事ではあるけれど、それは趣味ではないということは忘れないようにしたいと思っています。

 では、今月も頑張っていきましょう!
株式会社 タートル  
代表取締役 小山康一郎

会社沿革

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創立年月日 1978 年9 月1 日
資本金  1000 万円
業務内容 印刷物やそれに係る企画、製造、販売